はじめに
相続が発生した際、相続人が全員国内に在住しており、全員が意思能力を有する成年者であれば、遺産分割協議や相続税申告の手続きは比較的スムーズに進みます。
しかし現実には、相続人の中に海外在住者・未成年者・認知症の方が含まれているケースが増えており、そのような場合には通常とは異なる対応が必要となります。
手続きを誤ると、遺産分割協議が無効となったり、相続税申告が期限に間に合わなかったりするリスクがあります。
本コラムでは、これらの特殊ケースに関して特に注意が必要なポイントをわかりやすく解説します。
海外在住の相続人がいる場合
■ 印鑑証明書が取得できない問題
遺産分割協議書を作成する際、相続人全員の実印と印鑑証明書が必要となります。
ところが、日本国内に住民票を持たない海外在住の相続人には、日本の印鑑登録制度が適用されません。そのため、国内と同様の手続きが取れず、この点が大きなハードルとなります。
この場合の対応策としては、以下の方法が一般的です。
① 在外公館(大使館・領事館)での署名証明の取得
海外在住の相続人が日本人の場合、現地の日本大使館または総領事館において「署名証明(サイン証明)」を取得することができます。
これは、本人が窓口で遺産分割協議書などの書類に署名・捺印する際に、領事官がその署名の真正性を証明するもので、日本国内の印鑑証明書に代わるものとして法務局や金融機関に認められます。
署名証明には「単独型」(証明書単体で発行)と「綴り込み型」(書類に直接証明を付ける形式)があります。
金融機関や不動産登記の手続きによって求められる形式が異なるため、事前に確認が必要です。
■ 手続きにかかる時間に注意
海外在住者の書類取得には、現地の予約状況や郵送時間も含め、数週間から数ヶ月かかることがあります。
相続税の申告期限は被相続人の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内と定められており、余裕をもって早めに動き出すことが非常に重要です。
申告期限に間に合わない場合、延滞税や加算税のリスクが生じます。
■ 相続税の納税義務にも注意
海外在住の相続人であっても、取得した財産の種類や相続人・被相続人の在住状況によっては日本の相続税が課税される場合があります。
また、海外在住の相続人に係る相続税申告は納税管理人の選任も必要となりますので注意が必要です。
相続人に未成年者がいる場合
■ 未成年者は単独で遺産分割協議に参加できない
民法上、未成年者は行為能力が制限されており、遺産分割協議のような重要な法律行為を単独で行うことができません。
通常、未成年者の法律行為は親権者(親)が代理して行います。
しかし、ここで問題が生じます。
親権者自身も相続人である場合、親と子が同じ遺産分割協議に参加することになり、両者の利益が相反する「利益相反」の状態となります。
このような場合、親権者は子を代理することができません。
■ 特別代理人の選任が必要
利益相反が生じる場合、家庭裁判所に申し立てて特別代理人を選任してもらう必要があります。
特別代理人は、遺産分割協議において未成年者の利益を代理して守る役割を担います。
申し立ての際には、遺産分割協議書の案(どのような内容で分割するかの案)を提出する必要があります。
家庭裁判所は、その案が未成年者にとって不利益でないかを審査します。
未成年者が法定相続分以上の財産を取得する内容であれば、基本的には認められやすいとされています。
なお、特別代理人の選任には一定の時間(概ね1〜2ヶ月程度)がかかるため、こちらも早めの対応が必要です。
相続人に認知症の方がいる場合
■ 意思能力のない状態での協議は無効
認知症が進行して意思能力を欠く状態にある方は、遺産分割協議に有効に参加することができません。
意思能力がない状態で署名・押印をしても、その遺産分割協議は法律上無効となるリスクがあります。
後になって協議の有効性を争われると、相続手続き全体がやり直しになってしまう可能性があります。
■ 成年後見制度の活用が必要
認知症の相続人がいる場合は、家庭裁判所に申し立てて成年後見人を選任してもらう必要があります。
成年後見人(親族や弁護士・司法書士など)が、本人に代わって遺産分割協議に参加します。
ただし、成年後見人が就いた場合であっても、本人(認知症の相続人)の利益を損なうような遺産分割は認められません。
成年後見制度は本人保護を目的としているため、他の相続人の利便性を優先した不利な分割には家庭裁判所の許可が下りません。
実務上は、認知症の相続人に対して少なくとも法定相続分相当の財産を確保する内容でなければ、協議が成立しないケースがほとんどです。
また、一度成年後見人が就任すると、相続が終わった後も原則として後見は継続します。
後見人への報酬が継続的に発生するため、家族全体として長期的な視野でのコスト管理も必要です。
認知症が発症する前でしたらご自身で後見人を選択できる任意後見人制度を利用されるのもよいでしょう。
おわりに
海外在住の相続人・未成年の相続人・認知症の相続人がいる場合の相続手続きは、通常のケースに比べて手間・時間・コストのすべてにおいて大きな負担が生じます。
特に相続税の申告期限(10ヶ月)は絶対的な期限であり、特別代理人や成年後見人の選任、海外書類の取得などに時間を取られると、あっという間に期限が迫ってきます。
これらのケースに直面した場合は、できる限り早期に税理士・司法書士・弁護士などの専門家にご相談されることを強くお勧めします。