はじめに
高齢化社会が進む現代において、被相続人が老人ホームや介護施設に入居したまま亡くなるケースが増えています。
このような場合、相続税申告書に記載する被相続人の住所の取り扱いや、自宅の土地に対して小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)が適用できるかどうかについて、疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。
本コラムでは、介護施設に入居していた被相続人にかかる相続税申告実務上のポイントを、住所の取り扱いと小規模宅地等の特例の要件という2つの観点から詳しく解説します。
1. 相続税申告書に記載する「被相続人の住所」とは
(1)住民票上の住所と生活の本拠
相続税申告書の第1表には、被相続人の「住所」を記載する欄があります。
ここで記載すべき住所は、原則として被相続人の生活の本拠(民法上の住所)とされています。
住民票上の住所は一つの参考情報になりますが、住民票の住所がそのまま申告書上の住所になるとは限りません。
特に介護施設に入居していた場合、住民票の異動を行っていないケースも多く見受けられます。
(2)介護施設に住民票を移していた場合
被相続人が介護施設に入居した際に、施設の住所へ住民票を移していた場合でも、相続税申告書に記載する住所については慎重な検討が必要です。
相続税法上の住所は、「生活の本拠」として客観的に判断されます。
老人ホーム等への入居が、自宅に戻ることを前提とした一時的な入居なのか、それとも恒久的な生活の場への移転なのかによって取り扱いが異なります。
実務上は、住民票上の住所を記載するケースが多いですが、住民票の異動状況と実態が乖離している場合は、実態に即した住所を記載することが適切です。
税務調査等においても説明できるよう、施設への入居経緯や状況を整理しておくことが重要です。
(3)実務上の対応
申告書に記載する住所を判断する際には、以下の点を確認しましょう。
1. 住民票の異動状況:施設への住民票移動の有無
2. 自宅の状況:相続開始時点で自宅が空き家になっているか、同居親族が引き続き居住しているか
3. 入居の経緯・目的:要介護認定の状況や、自宅復帰の可能性があったかどうか
4. 施設との契約内容:入居契約が一時的なものか、長期・恒久的なものか
2. 小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)の適用について
(1)小規模宅地等の特例の概要
小規模宅地等の特例とは、被相続人が居住や事業の用に供していた宅地等について、一定の要件を満たす場合に、その評価額を最大80%減額できる制度です。
特定居住用宅地等(居住用の宅地)については、330㎡を限度として80%の評価減が認められます。
相続税の計算において非常に大きな節税効果をもたらす特例であるため、適用の可否は相続税額に多大な影響を与えます。
(2)原則:被相続人が居住していた宅地が対象
この特例は、原則として「相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地等」が対象です。
そのため、被相続人が介護施設に入居しており、相続開始時点で自宅を直接使用していなかった場合、原則どおりに考えれば特例の適用が受けられないことになります。
(3)例外規定:老人ホーム等への入居の取り扱い
この点について、税制改正により、一定の要件を満たす老人ホーム等への入居の場合は、自宅を「居住の用に供されていた宅地等」とみなして特例を適用できることとされました(租税特別措置法第69条の4第1項)。
具体的には、以下のすべての要件を満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
| 介護の必要性 | 被相続人が介護保険法に規定する要介護認定または要支援認定を受けていたこと(または障害支援区分の認定を受けていたこと) |
| 施設の種別 | 居・入所していた施設が、法令に規定する老人ホーム等(有料老人ホーム、特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅等)であること |
| 自宅の管理状況 | 相続人が施設に入居した後、自宅を他の者の居住の用に供していないこと(空き家または同居していた親族が引き続き居住しているケース) |
(4)要件の詳細と注意点
① 要介護・要支援認定について
要介護認定は介護保険法上の認定であり、相続開始時点において認定を受けていた事実が必要です。認定を受ける前に施設に入居し、その後認定を受けた場合には、認定以降の部分については要件を満たすと考えられますが、入居時点での状況にも注意が必要です。
② 施設の種別について
特例が適用できる施設は法令で定められており、すべての介護施設が対象になるわけではありません。
入居していた施設が有料老人ホームの届出を適切に行っているかどうかについても確認が必要です。
届出のない施設や、単なる賃貸住宅にサービスが付いているだけの施設は対象外となる場合があります。
③ 自宅の管理状況について
被相続人が施設に入居した後、自宅を第三者に賃貸した場合には、特例の適用ができません。
一方で、配偶者や生計を一にする親族が引き続き居住している場合や、空き家のまま管理していた場合は、自宅の用途が居住用のまま維持されているとして特例の適用が認められます。
(5)適用できる相続人の要件
特例を適用できる相続人の区分についても確認が必要です。
特定居住用宅地等として80%減額の適用を受けられる相続人は以下のとおりです。
1. 配偶者:無条件で適用可能
2. 同居親族:相続開始の直前から相続税申告期限まで引き続き居住・保有していること
3. 家なき子(別居の親族):一定の要件(相続開始前3年以内に自己または配偶者の所有する家屋に居住していないこと等)を満たす場合
3. 申告実務における確認書類
介護施設入居中の被相続人について小規模宅地等の特例を適用する場合、税務署への申告に際して以下の書類を準備することが求められます。
1. 介護保険の被保険者証(要介護・要支援の認定状況の確認)
2. 施設との入居契約書(施設の種別・入居期間の確認)
3. 住民票(被相続人・相続人の住所の確認)
4. 施設が老人ホームの届出を行っていることを証明する書類(必要に応じて)
5. 自宅の管理状況を示す資料(公共料金の明細、賃貸契約がないことの確認等)
おわりに
介護施設に入居していた被相続人の相続税申告においては、住所の記載と小規模宅地等の特例の適用の両面で、慎重な事実確認と要件の検討が不可欠です。
特に小規模宅地等の特例は、適用できるかどうかで相続税額が大きく変わるため、施設の種別、要介護認定の状況、自宅の管理状況などを相続開始後すみやかに確認することが重要です。
ご自身での判断が難しい場合には、相続税に精通した税理士へお早めにご相談ください。